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わたしを彩り、支える「無用の美」──要らないものしか欲しくない

ひさしぶりに茶を点てたくなった。想い浮かんだ茶碗は、高麗井戸を模した大正李朝と呼ばれるものだ。李朝人気にあやかって、大正時代にたくさんつくられた。目利きの骨董商からすれば雑器にも入らないが、茶を点てるとこれがなかなか愉しい。

もともと雲南地方の食材のひとつであった茶が、新しい製法を得るのと同時に禅という新しい思想と出逢うことで、精神修養のためのツールとなった。やがて茶は日本で愛され、だが教養や嗜みと同義語となり、その本質から離れてしまったようだ。

器・茶筅・茶杓・茶巾……を用意し、そのひとつひとつを浄め、一服の茶を点てて喫すことは、とても贅沢な行為となった。できることなら花器も選び季節の花を生け、床にテーマとなるような軸を掛けたい。それらは、日常からはずいぶん遠い。

李朝の工芸品を柳宗悦は「用の美」とした。「用途に徹して無心につくられたものは、無駄な要素が削ぎ落とされて美しい」というものだ。だが、それはあえて「無用の美」と呼ぶこともできるだろう。それがなくても生きられる、しかし不要なものだからこそ美しく愛おしいのだ、と。

わたしたちの生活は、じつは「無用の美」に彩られ、支えられ、成り立っているのかもしれない。装いにしてもそうだ。被服の起源をめぐって、「寒さや暑さをしのぐためではなく、美しく装おうとしてはじまった」のだとする説もある。魅力的に見られるための工夫が、遺跡からいくつも発見できる。

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